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光了寺 (古河市)[こうりょうじ]
光了寺(こうりょうじ)は、茨城県古河市中田にある浄土真宗大谷派の寺院。〔『古河市史 民俗編』 833頁(光了寺)〕 ==歴史== かつては武蔵国高柳村(現久喜市高柳)にあり、天台宗の「高柳寺」と称した。建保年間(1213年~1218年)、住職の円崇興悦が親鸞の弟子となって、法名を「西願」と改め、浄土真宗の「光了寺」となる。のち五世・感悦のときに高柳から栗橋に移り、六世・悦信のときに栗橋から中田〔明治~大正期の利根川改修工事による移転以前の旧中田である。〕 に移ったと伝えられている。〔 〔『古河市史 資料 別巻』 316-320頁(古河志・光了寺)〕 当寺には鎌倉時代初期に源義経の愛妾・静御前が葬られ、遺品として守本尊・舞衣・義経の懐剣が納められたという伝承がある。
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